⾒えない世界への⼿探り

神話が史実にされた時代

第二次世界大戦前から戦中にかけて、「皇国史観」と呼ばれる歴史観が、日本の正統な歴史認識とされていた時代がありました。皇国史観とは、ごく単純化して言えば、大日本帝国を支える神話を史実として扱い、「日本は万世一系の天皇を中心とする特別な国である」と考える歴史観です。

戦後はその反動もあったようで、当方が大学生だった頃、周囲には皇国史観とは正反対の立場にある、いわゆる左派的な唯物史観を信奉する学生が少なからずいたと記憶しています。

以前のブログ記事でも触れましたが、仏教学においても、宇井伯寿という大先生が、近代的な仏教解釈の中で「仏陀は輪廻転生を否定していた」と主張されました。しかし、現代の仏教学界では、宇井大先生のこの見解は、原始仏教研究の立場からは、ほとんど支持されていないようです。

最近、少し気になることがあり、この記事を書いています。それは、将来を期待されている、ある若手政治家が、皇国史観を思わせる発言をしているという報道を目にしたからです。実際の発言内容を見る限り、さすがに「日本は神の国である」とまで述べているわけではありませんが、皇国史観の根幹をなぞるような言葉が使われています。

本当にこの政治家がそのような歴史観を持っているのか。それとも、政治的な立場からの、いわゆるポジショントークにすぎないのか、わかりません。ただ、歴史の振り子は左右に動く――というのは、本当なのだなと思います。

戻る