⾒えない世界への⼿探り

神話と史実の境界線

先日、「神話が史実にされた時代」というタイトルでブログを更新しました。その後も、皇紀2600年や万世一系の天皇について語る政治家や著名人の発言を目にすることがあります。皇国史観では、初代・神武天皇は紀元前660年に橿原宮で即位し、それ以来、現在まで万世一系の天皇が続いているとされました。この年代は、現在の皇紀の起点にもなっています。ただ、考古学から見た約2600年前の近畿地方は、かなり異なる姿です。

当時の近畿地方では、ようやく水田稲作が広まり始め、小規模な集落が点在していた時代です。人々は竪穴住居で生活し、地域ごとの共同体を形成していました。現在のような「日本」という統一国家も、全国を支配する大和朝廷も、もちろん存在していません。

奈良県の纒向遺跡に代表されるような、大規模な政治的中心地が現れるのは、紀元後3世紀頃と考えられています。つまり、神武天皇即位とされる紀元前660年から、およそ九百年後のことになります。では、歴代天皇はどこまで実在が確認されているのでしょうか。

現在の歴史学では、初代神武天皇から第9代開化天皇までは、実在を裏付ける同時代史料や考古学的証拠はなく、神話・伝承の世界と考えられています。第10代崇神天皇以降については、「実在した王の記憶が反映されている可能性がある」と考える研究者が多くなります。さらに、第15代応神天皇、第16代仁徳天皇については、実在した可能性を支持する研究者がかなり増えます。一方、実在がほぼ確実と考えられている最初の天皇は、第26代の継体天皇です。

ただし、継体天皇についても興味深い問題があります。『日本書紀』では、継体天皇は応神天皇の五世の孫とされています。ただ、この系譜は後世に正統性を示すため整えられた可能性が高いと考える研究者も少なくありません。つまり、継体天皇は実在したとしても、それ以前の王統と本当に血縁関係があったかどうかは、現在でも議論が続いており、歴史学界では、血縁関係が無かったという説の方が有力です。神話には神話としての価値があります。しかし神話と史実を混同しないことの方がもっと大切ではないかと思います。

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